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『じっくり先生を攻略していくマグ様』です
そうして今日も手土産一つ
欲しいものは欲しいだけ、力ずくでも手に入れてきた。なのに最近どうしても手に入らないものがある。
自分と同じだけの力で突っぱねるし、大人しく服従する素振りもない。
プライドの塊のようなやつだから、無理を強いれば自壊するかもしれない。
なので、物理的な攻略は諦めることにした。
「・・・今日も来たのか」
「今日も来たぞ」
心底嫌そうな顔をしながら出迎えられた。
最初の頃こそ物理的に追い払われ、逃げられ、挙句に得物の一撃まで見舞わされた。それを考えれば大分良好な関係にまでなったものだ。
「前のは捨てていないだろうな」
「ギリギリスペースがあったから飾っている。だがもう次の場所が無い」
ムスっとした態度のまま返答する頭を覆い越して部屋を一望する。
成程確かに、どこもかしこもそろそろ零れ落ちても不思議でない程度に物で溢れている。
そんな状態だというのに整然と並べられているのは意外にもこいつが几帳面だからだろう。
「保管庫でも確保しておくか」
「ということはまた何か持ってきたのか」
じろりと視線を上に向ける、全くもって可愛げのない上目遣い。
「とりあえず部屋に入れろ」
どっかりと椅子に腰を下ろす。誰の部屋なのかと問いたくなるような態度でくつろぐ姿を一瞥されるが特に言うこともないらしい。
ぐるりと部屋を見回して、ようやく生活感が出てきたなと思う。
初めて見たとき、あまりにも物がないことに驚いた。否、戦慄した。
ある程度の知的生命体は己の死期が近づくと何故か身の回りを整理しはじめるという。
この部屋はそれと同じ状態だった。
戦いに身を置いてきたからこその心構えのようなもの、なのだろうが。
金属の、あの無機質な色に囲まれたこいつを見て、何故か焦った。
それからというもの、特に理由は無いが部屋を訪れるときは手土産を携えるようになった。
もちろん最初は気味悪がられた。受け取りもされなかった。
仕方ないので消耗品、酒を持って行くようになった。
これも初めは怪しまれたが、選りすぐりの上物のお陰か今では呑み合う程度の距離は許された。もちろん最初に毒見をさせられるが。
酒の他に好評だったものは、どこかの星の鉱石や貴金属。珍しいものであればそれなりの反応は得られる。
「で、今日は何を置いて行くつもりだ?」
皮肉めいた台詞と、以前持ってきた酒の残りをぞんざいに置いてあちらも席につく。
本当は期待しているくせに、と内心せせら笑う。
必要ないと思うならさっさと処分すればいいのに、この男はそれもぜず、気に入っているであろうものは目につく場所に置いてあるのだ。
「今日はこれだ」
そう言って取り出したのは、握ってしまえば簡単に覆い隠せるほど小さい水晶。
しかしそれはただの鉱石とは違い、ぐねぐねと忙しなく動いている。
「・・・これは?」
「一応は生命体、らしい。まだ詳しいことは分かっていないそうだが」
生命体。そう聞いて触るのを躊躇っている。そこに追い討ち。
「・・・水分を与えると増えるそうだ」
ぎくりと固まり、そして水晶体のすぐ傍に置いた酒を退ける。
「・・・・・・聞いたことがある。辺境の星が水晶に覆われる謎の現象。原因が鉱石に似た生命体だという報告」
流石に一匹狼とはいえ元傭兵、こんな情報すら知っていたか。
「お前、あんな遠い星にまでわざわざ行ったのか」
「たまたま手に入れただけだ。誰が好き好んで寂れた場所に行くか」
そう言い返すとしばらく気まずい沈黙が続いた。
こちらも、あちらも次に何を切り出すべきか図りかねている。あんな風に返すべきではなかったかもしれない。
「・・・この前な、」
意外にも最初に切り出したのは男の方だった。
「上の方の指令で少し遠くに行っていたんだ。で、そこでお前が持ってきたやつ、あの紅い石。あれを見つけてな」
勢いに任せてまくし立てているが、目線の先が彼方此方に動いて定まっていない。
「まあそれだけなんだが、お前が持ってきたあれが元々そこにあったのかと、まあそう思って・・・」
最後は消え入りそうな程声が小さくなっていき、つまり、だとか、だから、とか接続詞ばかり俯いてぼそぼそと呟いている。
俯いて、こちらを見ていなくて本当に良かった。誤魔化しきれないほど口角が吊り上っているのを知られずに済んだのだから。
こいつは任務先で見た石コロを見て、俺を思い出したわけだ。
中々どうして、おもしろい具合に事が進んでいく。
このままこうして他愛も無いものを与え続ければ、この男はこれから先目に付くものと自分を結びつけるだろう。
そうやって少しずつ確実に侵食していけば、やがて俺のことしか考えられなくなる。
そうすれば堕ちるのは簡単だ。
あれだけ力ずくで手に入らなかったものが、今やあとほんの数手まで来ている。
未だに言葉を選びかねている男の表情は窺い知れない。
いや、多分どうしようもないほど赤くなっている。それが何故なのか気づかないまま。
じわりじわりと侵食して、一番奥まで、最下層まで絡めとる。
「ビッグコンボイ」
名前を呼んでやれば驚いたように顔を上げる。
僅かに上気した名残のある顔できょとんと見つめ返してくる。
「もうすぐだ」
なにが、とは言わない、言ってやるつもりはない。
「楽しみにしておけ」
こちらの本心など気づくはずもない。
獲物は何一つ気づかないまま、ゆるりと微笑み返した。